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まむせる

思ったこと、感じたことをいろいろ書いていきます

【東浩紀】「弱いつながり」から新しい発見がある。人間関係は意図的に切断すべき

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東浩紀さんの「弱いつながり」を読みました。

購入したきっかけとしては、古本屋でたまたま見つけて、立ち読みしたらおもしろそうだったのとAmazonでの評価が高かったからです。

その他、東浩紀さんって名前はよく聞くけど、詳しくはよく知らないから知りたかったという理由。

東浩紀さんといえば、ゲンロンカフェやチェルノブイリがなんちゃらやら、頭のいい学者的なイメージがあります。本は初めて読みますね。

 

タイトルは「弱いつながり」。本を読んで、弱いつながりから感じたことなど書いていきます。

 

「弱いつながり 検索キーワードを探す旅」 

弱いつながり 検索ワードを探す旅 (幻冬舎文庫)

弱いつながり 検索ワードを探す旅 (幻冬舎文庫)

 

 「かけがえのない個人」など存在しない。私たちは考え方も欲望も今いる環境に規定され、ネットの検索ワードさえグーグルに予測されている。それでも、たった一度の人生をかけがえのないものにしたいならば、新しい検索ワードを探すしかない。それを可能にするのが身体の移動であり、旅であり、弱いつながりだ―。SNS時代の挑発的人生論。

 

 「弱いつながり」から新しい発見がある

アメリカの社会学者、マーク・グラノヴェターが1970年代に提唱した有名な概念に、「弱い絆(ウィークタイ)」というものがあります。

グラノヴェターは当時、ボストン郊外に住む300人弱の男性ホワイトカラーを対象として、ある調査をしました。

そこで判明したのは、多くのひとがひととひととの繋がりを用いて職を見つけている、しかも、高い満足度を得ているのは、職場の上司とか親戚とかではなく、「たまたまパーティで知り合った」といった「弱い絆」をきっかけに転職したひとのほうだということでした。

深い知り合いとの関係よりも、浅い知り合いとの関係のほうが、最高のチャンスに繋がっている。

 「弱い絆」の話はどこかしらで聞いたことがあります。

いつも会ってるひと同士でいつも集まっていれば、会話の内容がだいたい似通ってしまいます。

自分が変わりたいと思ったときは、そのコミュニティから離れて、いつもと違うひとと会うのがいいでしょう。

新たな考え方や価値観に触れることができるかもしれません。

 

ぼくの場合も引用文のように「弱い絆」をきっかけに会社を紹介してもらって、その会社へ就職しました。

元々、人脈を増やそうと講演会に参加したわけではなく、興味のある講演会に参加しました。

そこで出会ったひとと共通の話題があり、いろいろと話していたら会社を紹介してもらった、という経緯です。

 いままでは、必死に人脈を広げようとしているひとに対して、ちょっと違うんじゃないかと思ってました。

ですが、いろいろなひとと出会うことで予想外な出来事があり、いろいろな場所に足を運ぶのも大事なんだなと思いました。

 

他にも、講演会や勉強会で出会ったひとから、知らなかった情報やオススメのサービスなどを教えてもらいました。

自分の興味のある講演会や勉強会に参加する場合は、参加しているひとも同じような関心があるので、会話が弾みやすいかと思います。

 

 意図的に人間関係を断ち切る

 日本人はとにかく人間関係を重視しすぎです。それがネット時代になってますます加速している。

 日本人の関係重視はむかしから変わりませんが、昭和の時代はそれでもひとはバラバラでした。いくら仲がいい同級生でも、いちど高校や大学を離れてしまったら、関係を維持するのがとてもむずかしかった。そしてそんな切断には効用もあった。人生の節目節目で、人間関係を刷新することができた。ところがいまやネットのせいでそうはいかない。小学校や中学校の同級生がいつまでもいつまでもフェイスブックやLINEのリストにあり続ける。というのがいまの現実でしょう。となると、あるていど意図的に関係を切る必要が出てきます。

 昭和世代のぼくの両親を見ると、学生時代の友人と遊びにいっているような話は聞かなかったですね。手紙のやり取りはしていましたが。確かに過去の友人関係にこだわっているとは思いませんでした。

ですが、最近になって学生時代の同窓会に参加し始めてます。どうやらFacebookがきっかけみたいですね。母親はFacebookをやっていないのですが、学生時代の同級生がFacebookでやり取りして同窓会が企画されたそうです。Facebookというツールがあったからこその同窓会ですね。

ひさしぶりにFacebookで再会して、近況が知れるというのはいいと思いますが、Facebookで過去の友人関係に縛られるのは息苦しさを感じることもありますね。

いつまでも監視されるというか。ぼくはFacebookで特に発信はしてませんけど。Facebookやめればいいという話ですが、情報収集にも役立っているので残してます。

 

ぼくの場合も、あるときのタイミングで人間関係を切断するまではいかないけど、距離を置きました。このままでは、まずいと思ったのと、いままでを後悔していたからですね。

そのコミュニティにいて楽しかったけど、ずっとこのままなのか、抜け出せずにずっといるのかと疑問を持ちました。過去の学生時代の話題が多くて、そこにいない他人を批判することがよくありましたね。

自分の環境を変えたほうがいいと思い、距離を置くということにしました。

 

いまでは、そんなに人間関係を重視せず、自分の時間を持ちながら自分のペースでいろんなひとに会っているので、これくらいがいいかなと思ってます。

 

ぼくの世代だと、携帯電話を購入したのが中学や高校の頃。いまでも当時の友人の電話番号などは電話帳に入っています。当時は電話帳に登録している件数が増えるのがうれしかったですが、いまでは登録されてる友人とほとんど連絡は取ってないです。

時間が経過するとそういうもんなんですね。電話帳の見直しでもしようと思います。

 

 

弱いつながり 検索ワードを探す旅 (幻冬舎文庫)

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動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)

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